サン・ミゲル・ダス・ミソンイス遺跡(グアラニーのイエズス会伝道所群)

são miguel arcanjo

遺産名:Ruins of São Miguel das Missões

  • 場所: リオ・グランデ・ド・スル州サン・ミゲル・ダス・ミソンイス
  • 登録区分:文化遺産
  • 登録年:1983年

アクセス:ポルトアレグレからバス・車で8時間、または空港のあるサンタ・カタリーナのシャペコ(Chapeco)からバス・車で4~5時間ほど。

概要と歴史

サン・ミゲル・ダス・ミソンイス (São Miguel das Missões) は、ブラジル・リオグランデ・ド・スル州北西部の小さな町サン・ミゲル・ダス・ミソンイス市にある、イエズス会伝道所跡。1983年に「サン・ミゲル・ダス・ミソンイス遺跡」の名で、ユネスコの世界遺産に登録された(翌年に世界遺産「グアラニーのイエズス会伝道所群」に組み込まれた)、南米に多くあるイエズス会伝道所の一つです。

17世紀初頭に、ブラジル南部のアルゼンチンとの国境をまたいだ広大な地域に住むグアラニー族への伝道を始めたイエズス会は、彼らをキリスト教化するための拠点として、いくつもの伝道所(伝道用の集落)を築きました。これは、同時にある種の平和な理想郷の形作ったもので、その教化村では近隣に住むインディオに修道士が文字や聖書を教えながら共同生活が営まれ、またプランテーションなどでの強制労働やバンデイランテス(開拓者探検隊:目的の一つに奴隷狩りも)や奴隷商人らの奴隷狩りから逃れた先住民たちも匿ったりもしました。

バンデイランテスでの奴隷狩りが更に蔓延りはじめると、ポルトガル・スペイン本国の領土拡大政策とも合致した事もあり、バンデイランテスらの襲撃を度々受けるようになり、1767年にスペイン王カルロス3世が発した、アメリカ大陸からのイエズス会追放令によって、伝道所の共同体生活は崩壊し、この地域にあった数々の教化村もそのまま放置されてしまいました。


[スポンサード・リンク]